
Action Research / Sakurai / 2025
本研究は、地域コミュニティと協働したプレイスメイキングの実践において、柔軟に組み替え可能なテンポラリーアーキテクチャー「クミカグ」を活用し、その効果を検証するものである。プレイスメイキングとは地域コミュニティを基盤に公共空間を再設計し、利用者にとって「居場所」と感じられる空間を創出する手法であり、仮設的な空間構築物との親和性が高い。テンポラリーアーキテクチャーは柔軟性が高く短期間での実験的空間活用が可能で、地域の特定ニーズに応じた対応ができる点が特徴である。しかし実践を通じ、その具体的な有効性や課題を検討することが求められる。そこで、建築計画研究室が開発した可変型仮設什器「クミカグ」を用い、4つの異なる地域で実施したプレイスメイキング事例を分析する。
クミカグは鋼製単管パイプと木板(合板)で構成された自作のモジュール什器であり、板に開けた丸穴に単管パイプを通しクランプで固定する構造とすることで高さやレイアウトを自由に調整できる。約20本の単管パイプと10枚程度の板材からなり、分解・運搬が容易で設置自由度が高い。完成された据え置きの設えではなく、使い手が試行錯誤しながら構成を変えられる“可変的な場づくりの道具”として設計されており、未利用空間の活用や場の育成プロセスに適した柔軟性を備える。

三輪駅における実践
奈良県桜井市に位置するJR万葉まほろば線・三輪駅とその周辺を対象とした。三輪駅は1898年開業の無人駅で、大神神社(日本最古級の神社)の最寄り駅である。周辺には日本最古の古道「山の辺の道」や、日本初の市場開催地と伝わる惠比須神社、手延べ素麺「三輪そうめん」発祥の地や酒蔵など、豊かな歴史文化資源が点在する。一方で桜井市は都市圏に比べ人口減少・高齢化が進み、平常時の駅周辺は観光客も素通りして閑散とする傾向があった。こうした中、地元のまちづくり法人とJR西日本コンサルタンツ株式会社が協働し、駅舎と駅前広場を活用した定期イベント「JR三輪駅 縁結び広場」を2022年度から企画・開催している。「縁結び広場」は三輪に古くから息づく「縁の文化」にちなみ、人と人・人と地域・人と歴史を結びつけることをコンセプトとする場であり、2024年10月に初回が開催されて以来、基本月1回のペースで現在まで継続している。内容は回によって様々だが、毎回駅舎および駅前のパブリックスペースを開放し、以下のような多彩な企画が展開されている。

駅舎内スペースの利活用
無人駅舎に併設され長年使われていなかった臨時券売室を期間限定でカフェや案内所として改装開放する取組み。例えば第1回(Vol.1)では地元の焙煎所が1日限定のコーヒースタンドを駅舎内に出店し、乗降客に香り高いコーヒーを提供した。レトロな木造駅舎にカウンターや鉄道ピクトグラムのサインをしつらえることで洒落た喫茶空間へと変貌させており、利用者からは「駅に常設の店ができれば新たな出会いの場になりそうだ」との声も聞かれ、恒常的な活用の可能性を示唆した。
駅前広場でのマルシェやステージ
駅前ロータリーにテントや机を並べ、地元農産物の直売コーナー「三輪野菜 新鮮市場」やご当地グルメ屋台が出店するミニマルシェを開催。例えば三輪産ジャガイモを使ったスパイスカレーや三輪そうめん、地ビール「三輪惠美酒(みわえびす)」など地域色豊かな飲食が提供され、来場者は青空の下で食を楽しんだ。特設ステージでは和太鼓や二胡の生演奏など伝統芸能・音楽ライブが披露され、駅前に響く音色に誘われて足を止める観光客の姿も見られた。
参加型アクティビティ
家族連れで楽しめる交流企画も充実している。子ども向けには駄菓子のくじ引き「千本つり」や水に浮かべたミニトマトを掬う「トマトすくい」等ユニークな遊びが提供され、駅前には笑顔ではしゃぐ子どもたちの姿があふれた。鉄道ファン向けにはアンケート回答者に配布する「記念乗車券風カード」に自ら復刻版の三輪駅スタンプを押せるコーナーや、特急列車のヘッドマークを模した景品が当たるダーツゲームも用意され、老若男女が遊び心とともに交流できる工夫が凝らされている。
プレイスメイキングの実践内容
上記の縁結び広場のうち、2025年10月のイベントにて研究室が開発したモジュール什器〈クミカグ〉を投入し、新たな「駅前本マルシェ」を展開した。木材と鉄管を組み合わせた可変型の構造体であるクミカグを駅前広場に設置し、地域の書店・古書店6店舗が並ぶ屋台ブースとして機能させた。普段は閑散とした駅前に、多様なジャンルの本が並ぶ即席の本屋街が出現し、列車待ちの乗客やイベント来場者が思い思いに立ち寄って本を手に取る姿が見られた。書店主らも互いに協力し合いながら個性ある店構えを演出し、駅前空間が知的な交流や発見の場としてにわかに活性化した。クミカグは緩やかな傾斜のある駅前広場でも安定して配置できた。撤収時にはユニットを分解してコンパクトに収納できるため、常設施設を持たずとも定期開催に支障がない点も利点である。









プレイスメイキングの効果/考察
三輪駅の事例からは、地域資源と仮設デザインを組み合わせることで無人駅が新たなコミュニティ拠点となりうる可能性が示された。参加者へのヒアリングでは、「駅に本屋さんが出現して驚いた」「本を通じて初めて話す人とも会話が生まれた」といった声が寄せられ、テーマ性のある仮設空間が人と人をつなぐきっかけとなったことが窺える。従来、地方の小駅ではイベント開催のハードルが高く継続性も課題とされるが、クミカグの容易な設営・撤去性と柔軟な利用形態により、イベント開催のハードルを下げているとも言える。
4つの異なる地域で実施したプレイスメイキングの総合考察
4つの事例を通じて、可変型仮設什器「クミカグ」を活用したプレイスメイキングの有効性が多角的に示された。
まず共通して確認できるのは、クミカグが「場に余白を生む」デザインとして機能した点である。固定的なストリートファニチャーでは得難い配置自由度により、現地の状況やイベント内容に応じて空間構成を柔軟に変えられるため、利用者自らが場を再解釈・再発見する機会を提供した。石切参道商店街や千里ニュータウンの事例では、従来なかった滞留空間が仮設的に創出され、人々が「居場所」と感じる場となった。本町橋や三輪駅の事例では、異なる活動の境界を越境・融合させるプラットフォームとなり、新たな交流やコミュニティ活動を誘発した。これはプレイスメイキングの核心である「人々が集まり関係性を築く場づくり」において、物理的な装置が果たせる積極的役割を示すものである。
一方で各事例から得られた教訓として、デザインの自由度と明確さのバランスが挙げられる。石切で指摘されたように、自由に使える反面「使い方が不明瞭だと利用しづらい」場合がある。今後、モジュール自体に機能のヒントとなる形態を持たせること(例えば書架一体型の板モジュールなど)や、利用者が直感的に参加できるガイダンスのデザインが求められるだろう。
さらに耐久性や安全性の検証も重要である。今回使用した鋼製パイプと合板による構造は、短期の社会実験では十分な強度を示したが、長期運用時の劣化や風雨への耐性など課題も見えてきた。特に屋外利用では固定方法や転倒防止対策が不可欠であり、設置環境に応じた設計マニュアル整備が必要である。
以上の点を踏まえれば、クミカグは引き続き改良と検証を重ねることで、汎用的なプレイスメイキング・ツールとしてさらなる展開が期待できる。現段階では各事例ごとに研究室メンバーが設営・運営支援を行ったが、将来的には地域住民だけで扱えるキット化や、複数地域での同時活用によるネットワーク型コミュニティ形成なども視野に入れている。テンポラリーアーキテクチャーを通じた場づくりは、ハードインフラに大規模投資せずともコミュニティの活性化や公共空間の質向上を図れる手法として、今後ますます重要性を増すだろう。
おわりに
本研究では、仮設什器「クミカグ」を用いた4事例のプレイスメイキング実践を分析し、その効果と課題を考察した。結果として、クミカグは地域の文脈に応じて多様な場を創出し、人々の自主的な参加と交流を促進する有効な媒介となりうることが明らかとなった。石切参道商店街から三輪駅まで各ケースは規模も環境も異なるが、いずれにおいても「柔らかな介入による空間の再生」が達成されていた点は特筆に値する。すなわち、大掛かりな恒久施設を設けるのではなく、可変的な小さな介入によって人々に新たな行動を促し、結果的に公共空間の意味や価値を転換するプロセスである。これは人口減少や資源制約が叫ばれる現代社会において、持続可能で拡張性のあるまちづくりアプローチといえる。
一方で、プレイスメイキングの継続にはハード面の工夫のみならず、ソフト面での住民主体の運営や行政・企業との協働体制など包括的な枠組みづくりが欠かせない。本研究の各事例でも、大学と地域団体・自治体・企業等との産学官協働が基盤となっており、その点がプロジェクトの実現を支えた。今後は、こうした協働の中でクミカグのようなツールを汎用化・体系化し、他地域へ知見を共有していくことが求められる。
Project.23
